一匹のガゼルが、サバンナを歩いている。
ケガをしたのか、右の腰に生々しい傷口がある。
ときおり右足を宙に浮かせ、痛みをかばっている。
真上から照りつける太陽。
乾いた茶色の大地。
遥か後方からガゼルを追う、3つの影
ホモ・エレクトス。
太古のヒトだ。
長い槍を持ち、ガゼルの足跡を追跡している。
ここは、180万年前のアフリカ大陸。
やがて、遥か前方にガゼルを見つけた。
走り出す3人。
逃げるガゼル。
獣とヒトの、荒い息と乾いた足音だけが聞こえる。
やがて、力尽きてしまったのか、逃げるのを諦めたのか、
ガゼルのスピードが落ちてくる。
追いついて、慎重にガゼルを取り囲む、3人。
そして一気に走り寄り、次々と3本の槍でとどめを刺した。
これは、太古のヒトが行っていた「狩り」の場面です。
彼らは、草食動物を標的にして、追い続け、走り続けました。
そして、獲物が力尽きて動けなくなったところを倒したのです。
彼らはこうして、肉を食べることができました。
この肉の栄養で、脳が発達してきたと考えられています。
しかし、野生動物が疲れて動けなくなるとは、相当なことです。
いったい彼らは、どれほどの距離を走ったのでしょうか。
研究では、太古のヒトは、1日に50~100㎞もの距離を走っていたそうです。
●生きるための「走り」
180万年前。
我々の祖先は、常に絶滅の危機にさらされていました。
鋭い牙も持たず、瞬時に追いつく足の速さもない。
厳しい生存競争の中で生き残るのは、至難の業でした。
彼らは、どうやって飢えをしのいだのか。
草木や実を食べたのか、昆虫を食べたのか。
それだけでは、とても栄養が足りなかったでしょう。
だから、肉を狙ったのです。
しかし、俊敏な動物を、ただでは捕まえられない。
獲物が疲れるまで何十キロという距離を追い続けて、仕留めたのです。
生きるためとはいえ、驚異の体力です。
しかし、驚くべきことがもう一つあります。
狩りの後、どうやって元の住み家まで戻って来れたのでしょうか?
見知らぬ山や谷、森、荒野を、何十キロも移動したのです。
地図もコンパスもない太古の時代に、帰り道など覚えていられないでしょう。
いったいどうやって、家族や仲間のもとへ帰ったのか?
実はこの秘密は、「走ること」にあったのです。
●脳の秘密
「BDNF」という物質を、聞いたことがあるでしょうか。
Brain-Derived Neurotrophic Factorの略で、「脳由来神経栄養因子」と呼ばれています。
人が運動をしたときに脳内で分泌される物質ですが、このBDNFが「脳の発達を促す」ということが、近年わかってきました。
例えば、早歩きで1年間ウォーキングを続けたところ、脳の海馬(記憶や空間学習能力に関わる器官)が大きくなった、という報告があります。
特に有酸素運動が、脳を活性化させたり拡張させ、認知症を予防するという効果も報告されています。
太古のハンターたちは、いつも走っていました。
そして、脳が刺激されていました。
その活性化した脳で場所の特徴や危険なエリアを記憶し、帰りに思い出しながら元の住み家へ戻って来た、というわけです。
走ることで、ヒトの頭脳は進化した。
「走ること」は、生きることだったのです。
pixabay
ところで、運動の効果は脳の発達だけにとどまりません。
人が持つ「感情」「やる気」「安定感」「自己肯定感」。
こうしたメンタル面は、精神からだけではなく、「運動」にも影響されているのです。
●体が心を作る
ストレスが溜まっているとき、気持ちが沈んでいるとき、時間が癒してくれるのを待つだけではなく、ほんの一歩動いてみる。
これだけで、心が晴れることがあります。
これは単に「気のせい」ではなく、人がもともと持っている「性質」でもあるのです。
「脳から麻薬が出る」
ご存じの方もいるでしょう。
運動すること、走ることで、脳は気持ちよくなる物質を出すのです。
いったい、どんなものかというと、
例えば、走ることで「セロトニン」というホルモンが分泌されます。
セロトニンは、「精神安定剤」とよく似た分子構造をしており、精神・感情のコントロール、安心感、直観力を上げる効果があります。
さらに、消化や排便、体温などの調節にも関わっているようです。
セロトニンが不足すると、睡眠やメンタルヘルスに不調をきたすと言われています。
また、「エンドルフィン」という物質。
これは、有酸素運動などで負荷がかかった状態が一定時間続くと、分泌されます。
エンドルフィンはずばり「脳内麻薬」とも呼ばれ、モルヒネと同じような作用をして快感や陶酔感を与えるのです。
「運動」が精神を安定させる。
つまり、「体の動き」が「心」を作っているのです。
活動を潤滑に進めるために、あるいは痛みを一時的に忘れさせるために、人にはこうした機能があるのかもしれません。
さらに、こう言えるでしょう。
「やる気が出る」から動くのではなく、「動く」からやる気が出る。
動くからこそ、気持ちよくなり、精神が安定し、意欲がわいてくる。
人の心は、自分が思っているよりもずっと、体に影響されているのです。
●「便利」が人を弱らせる
現代人は、運動をしなくなりました。
車や電車、エレベーター、エスカレーターでの移動。
職場でも家でも、スマートフォンやパソコンに向かって、1日中座り姿勢。
こうした根本的な運動不足に加えて、今や、コロナ禍の自粛生活やテレワークです。
「長時間の座りっぱなし」は、肥満、糖尿病、心血管疾患、脳卒中、がん、認知症のリスクを高める、と言われて久しいです。
pixabay
アメリカのボストン大学などの研究チームは、すでに5年前にこう警告していました。
「40歳の時に運動不足の生活を送っている人は、20年後に脳が早く老化する」
つまり、40歳のときの運動不足を放置しておくと、60歳になったときに脳が早く衰えてしまう、というのです。
実際に、運動能力が低かったグループは「脳の容量が減少していた」そうです!
脳が「退化」するのです。
●今何ができるのか
こうした話を聞いて、あなたは「まずい!」と思ったでしょうか。
しかし、同時にこう思うかもしれません。
「運動不足が悪いことは重々わかっているけど、忙しい毎日の中では、運動の時間はなかなかとれないよ」
「だいたい、きつい運動なんて続きやしない!」
そんな人は多いでしょう。
僕もそうです (^^;)
しかし、心身を整えるのには、何も「きついトレーニング」が必要ということではないようです。
極端なことを言えば、5分か10分でも運動すれば、脳にはそれなりの刺激が伝わるそうです。
お勧めは、例えば一日20分程度の「早歩き」。
つまり、ウォーキングです。
「連続20分」でなくても、何回かに分けて「一日の合計が20分」になればOKだそうです。
これなら、できそうですよね?
脳が活性化すれば、当然仕事の効率は上がり、生活にも活気が出てくるでしょう。
新たな発想やアイデアが、出てくるかもしれません。
そして何より、「気持ちが安定すること」が大きいでしょう。
少し体を動かすことで、思い悩んでいたことが、何でもないことのように思えてきた。
ガチガチだった視野が、少し広くなった。
こんなことが起きたとしたら、非常に大きな変化です。
photoAC
そして、10年後、20年後には、運動不足のままで過ごしてきた場合に比べて、格段に心身の調子がよくなっているに違いありません。
「脳の縮小」を防ぎたいのなら、それぐらいはしたいですよね (^^;)
何もしないと、人はやがて退化し、老いる一方です。
ウォーキングの理想は、「朝」の時間帯に行うことだそうです。
しかし、朝の時間帯が難しいという人は、通勤時間、隙間時間などでもOKです。
帰宅時に一駅余計に歩くのもよいし、テレワークが多ければ、ちょっと近所を散歩するのもよいでしょう。
1~2週間でも続けたら効果を実感できると言われています。
ちょっとやってみたくなりますよね。
●夜明けの小さな旅
ある、夜明け前の風景です。
まだ暗い時間帯。
目覚ましが鳴る直前に、うっすらと目が覚める。
「もうちょっと寝ていたいな・・・」
しかし、心の迷いとは裏腹に、じんわりと体に緊張感がみなぎってくる。
トイレに行き、着替えて、軽いストレッチをする。
シューズを履き、あくびをしながら外に出ると、近所の家々はまだ寝ている。
そして、ゆっくりと走り始める。
深い木々のエリアに入っていくと、鳥の声、風の音、土と木のにおいに包まれて、
五感が目を覚ます。
これは、僕の朝の風景です。
早朝にジョギングをしています。
普段、座りっぱなしのデスクワークで、教科書に載るような典型的な運動不足の生活なのです (^^;)
そうした状態が何年も続いて、心身ともに循環が滞り、不調の限界に達しました。
そこでジョギングを始めてみると、格段に体の調子が良くなったのです。
最初は、ほんの50メートルで倒れそうでしたが (^^;) 、続けていると少しずつ走れるようになり、
1年半経った今は、走らない日は心身の調子が整わないと感じるほど、生活に定着しました。
早朝のジョギングでは、気象の変化、季節のめぐり、太陽の動きを感じます。
木や虫や鳥が、地球のリズムの中で生きていることがわかります。
そして、走っている間は自分もそのリズムに参加しています。
もはや運動するだけにとどまらず、
自然へのチューニングタイムになっているのです。
デスクワークを続けるためにも、気持ちを整えるためにも、なくてはならない時間になりました。
ではまた!
(当記事の内容の一部は、以下のページより引用・抜粋・ 加工しています。
ダイヤモンド・オンライン 、パラサポWEB 、NHKスペシャル )
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