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片づけられる人、片づけられない人。部屋の中は心の反映。

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pixabay

 

汚部屋で途方に暮れる僕

僕の部屋が、ひどく散らかっています。

一人暮らしで、ここ3ヶ月ほど仕事が忙しかったのです。

全く掃除ができず、ついつい放置してしまい、ちょっとしたゴミ屋敷状態になってしまいました。


部屋中、袋やダンボール、紙くずなどでいっぱいで、床が見えません。

そういえば、最近、家事代行サービスや一人暮らし用のハウスクリーニングサービスもあったよな。

1時間6,000円ぐらいだっけ。

ひとつ頼んでみるか?


でも、どこまで任せられるんだろう。

このゴチャゴチャの中に、仕事関係のものも紛れ込んでいるし、何をどこに戻すのか説明しなくちゃいけないよな。

取っておくもののリストも作らないとダメかもしれない。

だったら、自分でやったほうが早いか・・・。


しかし、どこから手をつけたらいいのだろう。

見れば見るほどうんざりする。

しばらく、カプセルホテルにでも泊まろうか。

でも、外へ出たしたとしても、いずれ帰って来てこの部屋と対決しなければならない。

後回しにすると、余計しんどいことになるかも。

ああ、どうしよう・・・(_ _|||)

僕は、途方に暮れます。


・・・と、これは、部屋が片付けられない僕の夢でした。
(実際にはこうなってはいません (^-^))

 

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片づけられる人、片づけられない人

世間ではよく、片付けられる人と片付けられない人がいる、などと語られます。


片づけたいけど、片づけるのが面倒で、かったるい。

おおよそ全ての人は、そう思いますよね。


この「片付けたいのに片付けられない」ですが、単に「面倒」だということだけではない、という説があります。

「すごい片づけ」の著者である、はづき虹映さんの視点では、「片付けられない」理由とは、


本当は片づけたくないから」というものです。


頭では片づけたいと思っているけど、心の奥では片づけたくないと思っている。

だから片づかないのだ、と、はづきさんは説きます。


そして、もっと核心を言えば、これは

決着をつけることができないから」だと。

 物を片づけるということは、単に部屋をきれいにすることだけではなく、「自分の思いを決着させ、それを形にあらわすこと」だと、はづきさんはいいます。

 

片づけることは、決着を付けること

片づけられないのは「決着をつけることができない」から。

この言葉は、僕に刺さります。


これは単に、片づけの問題だけではなく、あらゆることに言えますよね。

 「自分は、決着をつけることができているのか?

仕事において、生活において、人生において。


僕の場合、おそらく大半は「決着」などつけられておらず、流れに身を任せている「なりゆき」が多いと思います。

そして、やっかいなのは、自分自身でそれを快く思っていません(;^_^)

 

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「すごい片づけ」のはづきさんは説きます。

今の状態でも(部屋が汚れていたとしても)、自分自身が「決着している」と思えれば「片づけ」は終わっているのです、と。

つまり、重要なのは「自分が納得できている状態かどうか」ということなのですね。


そう考えて自分のデスクや部屋を見てみると、「決着がついていない」ものが実にたくさんあります (〃▽〃)

何かやりかけて、あるいは片づけかけて、途中で止まっているもの。

3ヶ月や1年など、もう埃をかぶる次元での後回しもあります。

「どうするか決着せずに」そのままクリアファイルに突っ込んだままのドキュメント類。

かといって、また使うのではないかという言い訳をして、きっぱり捨てようとしない。たまに少しいじって、また放置する。

まるで、本に付箋紙を貼ったまま中身をよく読んでいないような状態です。

これらに対して、僕自身は納得していません。

つまり「僕の片づけは終わっていない」のです。

恥ずかしながら、これが、僕自身の特徴の一つを表している風景なのでしょう(;^_^)

(はづき虹映さんの説については、livedoor NEWSサイトより抜粋・引用 調整しています)

片づけない状態の極み・・・ゴミ屋敷

部屋を片づけない状態が続くと、いつかは「ゴミ屋敷」という問題が浮上してくるでしょうか。

「ゴミ屋敷」とは、Wikipediaによると、「ゴミが、野積みの状態で放置された、ゴミ集積所ではない建物か土地のこと」だそうです。

もはや、よく知られた光景ですよね。

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Wikipedia


「片づけられない」ことに、心の問題がかかわるならば、ゴミ屋敷もそのひとつなのかもしれません。


僕は、何でもかんでも「病気」と名付けてしまう風潮にはあまり賛成できません。

しかし、ゴミ屋敷の心理的原因の「症状」としてよく言われていることが、いくつかあるようです。

その中で、僕が「え、これ自分にも少しあるんじゃない!?」というアブナイ要因を挙げてみます(T▽T)

 

ためこみ続けてしまう「ためこみ症(強迫的ホーディング)」

ためこみ症とは、例えば、郵便物、本、雑誌、新聞、服、書類など、一般的に見て「あまり価値がない」「役に立たない」と思われる物をたくさんためこんで、手放すことができない障害、と言われています。

捨てることが困難になるようです。


でも、少々のことなら、これに似たことありませんか?

該当するかどうかわかりませんが、僕には似たようなことはあります(;^_^)

「一時保留癖」とでも言うのでしょうか。


例えば、いずれ処分するだろうものでも、いったん(というか何年かは)押入れや物置に置いておくことがあります。

ほとんど見もしないのに、です。

やがて、引越ししたり、何らかの大きなきっかけがあれば、そのとき捨ててしまうことが多いのです。


僕にとって問題なのは、「きっと捨てることになるんだろうな」と思っているのに、一時的にとっておくという、その習性です。

まさに「決着つけていない」です。全く(T▽T)

まるで、そのとき下すべき結論から、逃れているかのようです。

実際、場所的にもデッドスペースを作っているだけで、意味のないことですよね(;^_^)

 

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子供の頃の収集癖

子供の頃、よく石や棒を拾ってきて、物置や玄関に集めることがありましたが、これは本人(僕)にとって意味のあることでした。

気に入った、振り回しやすい棒だったり、二股に分かれていてゴムをつけるとパチンコ(石を飛ばすやつ)に使えるものだったり、石は石でも、丸くて平たく、水で洗うときれいになる石だったり、全て気に入ったものでした。

「あまり価値がない」「役に立たない」ものではなく、宝ものです。


しかし、親からはガラクタだといって叱られて、捨ててきなさいと言われ、どこかに捨てに行くことになります。

やがて大人になるにつれて、片づけを覚え、捨てることを覚え(教え込まれ)、時には取っておきたい気持ちに反して、物を捨てます。

でも、どこかに、こうして捨てられない習性がまだまだ残っているのでしょうか。

 

セルフネグレクト(自己放任)でゴミ屋敷になる?

「ゴミ屋敷」問題で取り上げられる心理的な要因として、セルフネグレクト(自己放任)というものもあります。

 ネグレクト(neglect)の言葉の意味は「無視する」ということで、例えば、育児放棄や高齢者虐待など、心理的虐待や身体的虐待の意味にも使われるようです。


セルフネグレクト(自己放任)とは、自分を放棄する状態とでも言うのでしょうか。

例えば、何もかも投げやりになって、食事もとらず、風呂に入らず、掃除もしなくなる。

身なりを気にせず、荒れた服で外出する。

周囲の人とのかかわりを拒否する、家に引きこもる。

こうして、セルフネグレクトによって精神的に不安定になることから、生活が崩れていき、「ゴミ屋敷」になってしまうケースがあるようです。


「ゴミ屋敷」の中で引きこもって孤立することは、孤独死などにもつながる問題です。

テレビなどで見ていると、日本だけではなく、アメリカなど海外にも、「ゴミ屋敷」はたくさんありますよね。

 

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セルフネグレクトは誰にでも可能性がある?

セルフネグレクトという状態も、小規模なら、誰の心にも起こりうることではないでしょうか?

例えば、何か失敗をしたり、うまく行かなかったり、あるは人間関係につまづいたりすると、やる気を失い、一時的に投げやりな状態になる。

 いつもきちんととっていた健康的な食事もとらなくなり、続けていた運動もやめてしまう。

友だちとも会わなくなり、生活の中の基本的なルーチン作業も放棄してしまう。


つまり、ふてくされる、投げやりになる、ということでしょうか。

その後、気を取り直して普段の生活に戻っていくか、あるいは、さらに自分の心の中に落ち込んでしまうか。

人とは、以外にも簡単に、やる気やエネルギーが抜けてしまうものかもしれません。

その境目は、とてもきわどく薄い境界線かもしれませんね。


そういうときには、たまには周囲の力を借りるのも、よいかもしれません。

やる気やエネルギーが落ちてきたな、と思ったら、誰かから「元気」をもらったり、「刺激」をもらったりして、最後は自分が立ち上がらなければなりませんが、時には助けてもらうのも悪くはありません


「片づけ」も「決着」も「自己放棄」も、全て自分の心の状態からくるのでしょう。

やはり、部屋の中の状態は、自分の心の反映なのかもしれませんね。

 

ではまた次回!


 

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